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あれから三年

早いものでもう三年経ちました。
とうの昔に日常生活に戻っている私にとっては「もう」三年。でも、被災地の方々にとっては長い三年だったのかもしれません。



本日は献杯の意味も込めて宮城の日本酒を買ってきました。「一ノ蔵」というわりとメジャーなお酒です。
「3.11 未来へつなぐバトン」という文字がラベルに印刷されています。
東北のお酒ならどれでもいいやと思っていたところに飛び込んできた文字。
3月11日を忘れずにいるためにちょうどいいかなと。



いつもならお猪口とかぐい呑みで済ませるところですが、今日は盃を出しました。
結婚式や義兄弟の契りを結ぶとか、「他人が強い縁を結ぶ時」に盃を使うことが多いそうです。
よく「盃を交わす」とか「盃を返す」とか言いますよね。
つまり「絆」を結ぶ時などに使われることが多いようです。
2011年の時の「今年の漢字」が確か「絆」だった気がするので、何となく盃で献杯というはぴったりな感じ。






東風(こち)吹かば 匂いおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ(*「春を忘るな」というバージョンもあり)


菅原道真が詠んだ歌です。私はこの歌が好きで、この季節になると必ず思い出します。
大宰府に左遷された道真が京の邸の梅を思い詠んだ歌。
菅原道真の京都の邸は紅梅殿と呼ばれるほどに梅が見事で、それはそれは大切にしていたそうなんです。
梅の花の方も道真が好き。その後大宰府まで飛んでったという伝説があるほど。

東は季節でいうと春なので、東風は春風のこと。

春の風が吹いたならば、匂いを香らせて届けておくれ梅の花よ。私がいない庭であっても春を忘れないで。

そんな感じの意味でしょうか。
本来は「無念」や「寂しさ」を表す歌らしいのですが、私には「梅さんよ、辛いことがあってもいつか来る春を忘れないで生きてくれよや~」という応援にも聞こえるんですよね。
超自分流解釈入ってますよ。駄目ですよ、試験に書いちゃ。



3年前、たくさんの命が失われていった。主のいなくなった家のがれきで溢れていた。草木も何もなかった。
でも、今年の被災地の映像はがれきはなくなっていた。草が生えてきていた。大地は春を忘れていない。

少しずつでも「春」は訪れ、寂しいと思われた地にも花が咲き誇り匂い溢れる日がいつか必ず来るでしょう。
多くのものを失った被災者の皆様の心にもどうか「春の花」がたくさん咲きますように。
そう願わずにはいられません。

そして私もまた、忘れずにいることを。少しでもいいからできることをして、彼の地を忘れずにいるように。
細くて頼りない「絆」でも切らずに繋げていくように。
だから、これからも東北の酒を買う。(オチはそれか)




3月11日の寒い日を忘れずに。春が来ることを願い、忘れずに応援していこう。


2011年3月11日、失われた多くの尊い命に謹んで哀悼の意を捧げます。
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| 未分類 | 20:21 | comments:5 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

私も、今日は特別な気持ちで過ごしました。私は動物側に針の振れすぎた人間で、人に対してはあまり道徳的でない人間だったような気がするのですが、地震があって、また翌年愛猫バズに死なれ、私の考え方も少し変わった気がします。3/11はそんな事を考える日でした。今日(3/11)改めて少しですが被災地に募金しました。
私も主人もお酒大好きだから、被災地のお酒を買うのもいいなー!って思いました。
東北に遊びに行ってお金を使う事が1番いいかな?って主人と話しました、ワンニャンいるので泊まれませんが、なにか役にたちたいです。


本当、何の罪もない人や動物が、潰され、焼かれ、流され。理不尽ですよね、世の中って。大変な混乱の中、生き残ったものたち、必ず安心を手に入れて欲しいです。

| みみこ | 2014/03/12 01:20 | URL |

昨日こちらでも2時46分にサイレンが鳴り、静かに目をつむり黙祷しました。
もう3年経ったんですね。一昨年、被災地に行った時はまだがれきの山があちこちにありましたが、今はもうないようですね。
でもなかなか進まない復興への道・・・
私達に出来ることは限られていますが、少しでも応援していきたいと改めて思いました。

「東風吹かば・・・」の歌、私も好きです。
私の姉が太宰府に住んでいまして・・・受験の神様でもあるんですよね。
お守りを送ってもらった事もありました~(^_-)

| くうママ | 2014/03/12 13:32 | URL |

あれから3年たちましたね。
昨日は半旗がかかげられていました。

東京でもあんなに怖かったのに被災地の皆さんはさぞ
怖くて寒かったことでしょう。

たくさんの人や動物に思いを寄せる事、
日々を大事にしようと改めて思いました。

にゃんだガートさんのブログで福島から迷いネコさんが助けられました。
あんな中でも飼い主さんをさがして生きていてくれたんです。
3年ぶりに家族のもとに帰れたそうです。


できることで応援していきたい、ワタシも被災地のお酒を買おうっと。

| お吟 | 2014/03/12 19:51 | URL |

◆みみこさん

3/11は誰もが何かしらの思いを深くする日になりましたよね。
あの日犠牲になったのは人間だけではなく多くの動物の命もです。
泣きながら大切な犬や猫を探す飼い主さん、福島ではペットを置いていけず避難勧告が出た後もずっと家に住み続けた方もいらして。
牛や馬も助けることができなくて、大事に育てたのにも関わらず諦めた主の方もたくさんいましたよね。
助かったとしても、多くの人が心に傷を負った辛い一日でした。
被災地の人たちが本当の意味で笑顔の花を咲かせる日が来るのはいつなのだろうと思います。

地震を経験しながらも大きな被害を受けなかった私たちこそが、決して忘れてはいけないのかな~と思ったり。
うちも夫が日本酒が好きで、これなら我々も楽しみながらも震災を忘れずにいられる手段になるかなって。
東北の経済がどんどん明るい方向になってくれるといいですね。

理不尽なことはたくさんある世の中だけど、それでも少しずつ明るい「春」が来ることを願って頑張りましょうね。

| kaoru | 2014/03/13 11:49 | URL |

◆くうママさん

私は仕事中だったのですが、町田の防災無線で黙とうの合図が流れたので、みんなで手を止めて黙とうを捧げました。
「もう三年か……」と誰かが呟いたのを聞いてました。
くうママさんは現地をご覧になってるんですものね。より深い思いが胸に過ったのではないでしょうか。

政府の復興支援はなかなか進まない中、現地で携わっている人たちは本当に懸命に働いておられるのだなと、無くなりつつあるガレキを見て思いました。
ボランティアとしてお手伝いをすることもできない私ができることなど、本当に砂漠の砂の一粒にも満たない程度のことですが、「忘れずにいる」という思いだけは持ち続けたいです。

大宰府にお住まいなんですか。道真公のおひざ元ですね。
飛び梅伝説の地だわ~。
私は京都の北野天満宮には行ったことがあって、そこで梅まんじゅうを買ってきたなぁ。
今から10年くらい前の話なので学問成就のお守りはもういらなかった……(^_^;)


◆お吟さん

半旗もあがってたんですね。やはり日本国民が何かしらの思いを抱く日なんですね。
あの時、本当に怖くて「早く止まって!」声に出してたのを覚えてます。神奈川は地震地帯だし、いつかは大地震が来ると覚悟はしていた筈なのに。
震度5でもあれほど揺れて怖かったのだから、震源に近い地域の怖ろしさと言ったら言葉では言い表せないでしょうね。

あの震災から当たり前の日々が本当に大切なものなのだと再認識しました。
当たり前に家族がいてリコがいて……。
三年ぶりに飼い主さんと出会えたニャンさんは、ようやくニャンさんにとっての当たり前の安心できる日々を取り返したんですね。
飼い主さんは恐らくは被災された方でしょうから、以前のような生活とはいかないのかもしれませんが、ニャンさんが生きて帰ってきてくれたことは一つの明るい希望ですよね。
良かった……。

うんうん。東北のお酒を飲んで、東北の美味しいおつまみを食べて、経済を回しましょう。
小さなことでも積み重ねればいつかきっと。
そう思っていきたいです


| kaoru | 2014/03/13 12:18 | URL | ≫ EDIT(編集・削除)














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